『花に逢わん』2008-02-06 Wed 23:02
伊波(いは)敏男さんは14歳の時、沖縄でハンセン病を発病しました。
当時はまだ「らい予防法」があり、即座に隔離されます。 父親は伊波さんを仏間に呼び、三線(さんしん)を弾きながら「散山節(さんやまぶし)」を歌います。 この歌は今生の別れのときにうたう歌だそうです。 こんなおり、川端康成氏が伊波さんの学校を訪れました。 勿論、強制隔離施設の中の。 川端康成氏は、生徒達一人一人と丁寧に挨拶を交わしました。 伊波さんの作文を読んだ川端康成氏は、その才能に驚いたそうです。 そして伊波さんに「たくさん書きなさい。 自分の中に一杯蓄えなさい。」と涙ながらに激励しました。 そして後日川端氏から、本の入った大きな箱が4つ届きました。 この強制施設からは高校や大学にはいけません。 我が子の将来を考えた父親は決意しました。 「脱走しよう!」 伊波さん、16歳の時です。 事情を知ったタクシーの運転手、小船の船頭が協力してくれました。 以来、苛烈な差別はあったものの、学友、職場の先輩が助けてくれたそうです。 絶望の時、支えてくれた人のことを伊波さんは『花』と呼ぶそうです。 幾多の花と出会った人生を幸福と仰る。 1996年、間違った法律「らい予防法」が廃止されました。 2001年には、ハンセン病国家賠償請求訴訟熊本地裁判決によって国が間違いを認め、保証金が出ました。 伊波さんはそれを元に「伊波基金」を設立し、フィリピンの医師養成をも支援しておられます。 ハンセン病回復者で作家の伊波(いは)敏男さん(64)、長野県上田市在住。 今も学校等で差別について講演をされています。 伊波さんの本を読まなくては。 |
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