
お世話になったHさん、ありがとう。
お世話になったHさんが75歳で亡くなった。
26年前に山口県小野田市から広島の府中町に引っ越してきた。
2人の子どもと主人と4人家族で。
小野田の職業訓練学校で看板の勉強をして、郷里広島で就職が決まり、私の実家があった東区矢賀町に近い府中町に家を借りた。
ご近所のHさんは大工さん。 明るく元気な奥さんと仲良くなり、ご夫婦に一方ならぬお世話になった。
知り合った頃はHさんは・・・50前だったのね(もっとオジサンだと思ってた(; ̄ー ̄川 アセアセ)
子どもが3人になり、4人目も産まれ、貧乏人の子沢山だったから。
玄関の引き戸のガラスを息子が壊して、ガラスを買えるお金は次の給料日までないし、模造紙だったかダンボールだったか貼ってしのいでた。
私はあまりそんな事は気にならないから(⌒▽⌒)アハハ!
見かねてHさんがスケール持ってやってきた。
寸法計ってガラスを切ってはめ込みにやってきた。
殆んど会話も無く、「お金? いらんよ。」 と言って帰っていった。
お酒を飲まないととっても無口なオヤジさんだった。
そんなシャイなオヤジさんも、私のことを心配して訪ねてきてくれた事が有る。
私が旦那さんと喧嘩して(何時もの事だけど)、多分口を利かないかなんか・・旦那さんがオヤジさんに愚痴ったんだと思う。
なんと言って説教されたか・・忘れた(ごめんちゃい)
まあ、私も反省して・・いい子になったんだと思う。
旦那さんが看板の会社でソコソコ仕事が出来るようになった頃、『H工務店』の看板を注文してくれた(旦那さんの初仕事だった)
看板屋で独立したのは東広島に引っ越した後だったが、それでもリホーム先の美容院の看板を廻してくれた。
ずぅ〜っと心配してくれてたんだと思う。 ありがたい。
昨年から白血病で入院されていたようだ。
誰からも連絡が無くって、息子さんに旦那さんは何回か会ったようだったが、何も言われなかった。
病気が病気なもんで、親しい人もお見舞いに行けなかったようだ。
元気な時に会いにいって、旦那さんの愚痴や文句を山ほど言っておけば良かった。
奥さんが「とっても良い主人だったんよ」と泣いておられた。
冥福をお祈りします。 色々ありがとうございました。






