53(fifty-three)

日々の出来事や感じた事、思いを綴ります。 私の趣味のトールペイント・ハワイアン・キルト、なぜか気になる?!「トイレ」を画像で紹介します。

りとる・りりーさんちの『青空商店』開店♪

お家の前でハンドメイドの作品を販売しておられる、尾道の向島『青空雑貨店Bear Home』さんのアイデアを拝借して、りとる・りりーさんが「青空商店」を開店した。
私の作品も置いてもらってる。

天気の良い日で、りりーさんがおうちに居る時だけ開店です。
7月1日快晴。
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Bear Homeさんは無人ショップの形をとられているが、私達は商品の行く末が気になるので無人販売は出来そうにない。
商品は一つ一つテグス(釣り糸)で繋いでいる。
御用の方は「ピンポン」してください。

ぼちぼち・ちびちびと運営していく決意だったリリーさんの口から「商品がこれじゃー少ないよね!」との『もっと作ろうぜ!』宣言が飛び出した(; ̄ー ̄川 アセアセ

但し、ほんの数人に宣伝しただけなので見に来てくれたのは、ご近所数人とチラシ配りをしていたおねぃさん数人で、もちろん売り上げゼロ!<o( ̄^ ̄)o> エッヘン!!

    …どうなることやら「青空商店」


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ガタゴト列車がやってきた!

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9時半に並んで、アレとコレと・・・

へたこいた〜♪ 寝坊して出遅れ、おまけに車の中で「ま、まゆげが・・・無い!」
化粧の途中で飛び出してしまったんだわ(よくするんだ(; ̄ー ̄川 アセアセ)

着いたら11時前だった。

アレもコレも無くって、一つ残った茶色のてるてるちゃんとカエルのぱっちんぴんと、くるみの針山。

てるてるちゃんには、お父さんがしっかり仕事が出来るように、毎日『お天気』にしてもらおう!

カエルのぱっちんぴんは私が使おうと思ったら「やめときんさい!可愛いからこのまま車にぶら下げとき!」と娘に言われ。

後、掃除するのが勿体無いと思う可愛いほうきと、ハンカチ(早速バッグに・・)
色々入ってた「ハギレセット」(*^m^*) ムフッ
髪ゴムにぱっちんぴん→可愛いんだけど、男の子にも良い物を何か考えてよ、ね!
マゴッチの5人のうち2人は男の子なんだもん(⌒-⌒)ニコニコ...

4人姉妹さんと、コーヒーの人たち、雨の中をお疲れ様でした。

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お世話になったHさん、ありがとう。

お世話になったHさんが75歳で亡くなった。
26年前に山口県小野田市から広島の府中町に引っ越してきた。
2人の子どもと主人と4人家族で。
小野田の職業訓練学校で看板の勉強をして、郷里広島で就職が決まり、私の実家があった東区矢賀町に近い府中町に家を借りた。
ご近所のHさんは大工さん。 明るく元気な奥さんと仲良くなり、ご夫婦に一方ならぬお世話になった。

知り合った頃はHさんは・・・50前だったのね(もっとオジサンだと思ってた(; ̄ー ̄川 アセアセ)

子どもが3人になり、4人目も産まれ、貧乏人の子沢山だったから。
玄関の引き戸のガラスを息子が壊して、ガラスを買えるお金は次の給料日までないし、模造紙だったかダンボールだったか貼ってしのいでた。
私はあまりそんな事は気にならないから(⌒▽⌒)アハハ!

見かねてHさんがスケール持ってやってきた。
寸法計ってガラスを切ってはめ込みにやってきた。
殆んど会話も無く、「お金? いらんよ。」 と言って帰っていった。

お酒を飲まないととっても無口なオヤジさんだった。

そんなシャイなオヤジさんも、私のことを心配して訪ねてきてくれた事が有る。
私が旦那さんと喧嘩して(何時もの事だけど)、多分口を利かないかなんか・・旦那さんがオヤジさんに愚痴ったんだと思う。
なんと言って説教されたか・・忘れた(ごめんちゃい)
まあ、私も反省して・・いい子になったんだと思う。

旦那さんが看板の会社でソコソコ仕事が出来るようになった頃、『H工務店』の看板を注文してくれた(旦那さんの初仕事だった)
看板屋で独立したのは東広島に引っ越した後だったが、それでもリホーム先の美容院の看板を廻してくれた。
ずぅ〜っと心配してくれてたんだと思う。 ありがたい。

昨年から白血病で入院されていたようだ。
誰からも連絡が無くって、息子さんに旦那さんは何回か会ったようだったが、何も言われなかった。
病気が病気なもんで、親しい人もお見舞いに行けなかったようだ。

元気な時に会いにいって、旦那さんの愚痴や文句を山ほど言っておけば良かった。

奥さんが「とっても良い主人だったんよ」と泣いておられた。
冥福をお祈りします。 色々ありがとうございました。


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アンパンマン

小さな子どもをお持ちの方々、ちいさなマゴッチをお持ちのじじ・ばば様、そんなの居ないと仰る方々、みんな知らない人はいないアンパンマン
生みの親はこれまたご存知の「やなせたかし」さん。
アンパンマンを生み出したのは「やなせ」さんが54歳のときでした。

最初は出版社や評論家から二度と描かないで!とか、こんな絵本は図書館に置くな!という酷評を受けたそうだ。
しかし全国の幼稚園や保育園から注文が殺到したそうです。
子ども達の絶大なる支持を受けてますよね。

69歳の時、アニメが放映。
77歳の時、故郷の高知県にアンパンマンミュージアムを開館。
89歳の今も、はつらつと捜索活動を続けておられます。

やなせたかしさんは、「やっぱり人生は目標がしっかりとあったほうがいい」と仰ってます。
目標に年齢は関係ないのね。
幾つになったって夢を追い求めて、目標を持って、第2の青春を楽しみます!

コピー 〜 100_1800

3年前に描いた「アンパンマン達」です。
ネットで画像を探し、プリントして図案を起こしTシャツに描いてみました。
パクリです(; ̄ー ̄川 アセアセ
まんま描いてしまいました。
で、でも販売していませんから・・どうぞお許しを<(_ _)>
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昭和な人びと

昨日、はりこさんとRうさぎさんとお出かけしました。
『ある事』の打ち合わせとお願いがあって、はりこさんの知人とその方のお兄様ご夫婦の処に・・・

はりこさんの熱弁とRうさぎさんの可愛い笑顔にほだされたのか、お願いを快く受けていただいただけでなく、早速手を打ってくださり下見までしてくださいました。
これって『迅速な対応!』って言うんですよね。
普通、自分の利益には全然関係の無いことを頼まれたら、面倒で一日伸ばしになるのが当たり前。
「こちらから催促して初めて動いてくれる」こんな感じじゃないでしょうか。

勝手なお願いに伺った私達を、外まで出て見送ってくださいました(車が見えなくなるまで)

こんな人の為に動ける方に久し振りに出会うことが出来ました。
「昭和なひとじゃのう(⌒-⌒)ニコニコ...」
        ※ちなみにヨッピさん、道に迷いかなり遅れて到
          着(役にたたねえ奴)




『昭和』が懐かしいマダムの勝手な呟き♪でした。

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